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東京家庭裁判所 昭和37年(少イ)17号 判決 1963年4月13日

被告人 代表者松崎朝治

主文

被告会社を罰金五千円に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社は、東京都千代田区神田多町一丁目四番地に本店ならびに営業所を置き、東京都公安委員会の許可を受けてキャバレー「お若いデス」を経営している株式会社であるが、被告会社従業員松崎敦及び水野敏夫らにおいて、同会社の業務に関し、昭和三七年六月三日頃から同年七月五日頃までの間前記営業所において、昭和二二年七月六日生の○崎○子(当時中学三年生)をして酒客の相手をさせ、以つて満一五歳に満たない児童に酒席に侍する行為を業務としてさせたものである。

(証拠の標目)

一  ○崎○子の司法警察員に対する供述調書

一  東京都○○区長職務代理者作成の○崎○子に関する身上調査回答書

一  証人松崎敦、同水野敏夫の当公判廷における各証言

一  東京法務局日本橋出張所登記官吏作成の被告会社に関する登記簿謄本

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、右○崎○子の年齢を知らなかつたことにつき前記従業員らに過失はなかつた、仮に過失があつたとしても被告会社としてはその従業員に対し業務上相当の注意及び監督を尽していた、従つて被告会社は本件につき刑責を負わないと主張する。

この点につき、先ず考えるべきことは、一般的にかような風俗関係の営業を行う者がその被採用者の年齢確認につきとるべき注意義務の程度及び内容の如何であろう。そしてこの点については、かかる風俗的営業に応募せんとする者が既ね心的、物的に不安定な者が多いということ、又かかる営業が-一般にその収益力は高くても-その基礎においてこのような不安定な者の採用及び稼働によつて支えられているということ、更にこのような者の年齢確認の方法についての現在の風俗関係営業の実態やこれに対する行政警察等の指導監督の実情なども一応充分に検討考慮しなければならないところとは考えられるが、しかし、あえて法の規定を俟つまでもなく年少者の健全な保護育成を期することの重要性はいうまでもないところであつて、現行の年少者の保護に関する各種法制の定めるところ及びその精神は十分に尊重されなければならず、これに風俗関係営業のもつ年少者の福祉に対する特殊な性質等を併せ考えるときは、風俗営業関係者がその被採用者の年齢確認につき払うべき注意義務の程度及び内容は相当高度のものでなければならないと考えられるのである。殊に、同じく年齢確認の必要といつても、満一八歳未満の者については風俗営業等取締法関係の法令によつてその採用が制限せられているにとどまるのに対し、満一五歳未満の者については児童福祉法によつて広くこれを「業務として酒席に侍させる」ことが禁止されている趣旨からみれば、風俗的営業に関与している者としては、満一五歳以上か否かの年齢確認については尚更特段の注意を払うべき義務を有しているものといわなければならない。

これを本件についてみると、被告会社は、一般に風俗営業を行うものとして右にいう程度の注意義務を有すべきであるのみならず、殊に被告会社は「お若いデス」の名の下にとりわけ若い女性(会社の方針としては一八歳以上二三歳未満)を採用稼働せしめているのであるから、この点については益々慎重であることを要する訳である。そして以上のような見地にたつときは、被告会社としては、その応募者を採用稼働せしめるにあたつては、すべての場合に戸籍謄本若しくは抄本を提出せしめ又はすべての場合に戸籍の照会等をなすべき義務までも負うとは解せられないとしても、応募者全員に対し住民票、米穀通帳その他その氏名、年齢等を通常明らかにし得べき資料の提出を求めるとか、すべての場合に、単にその氏名、年齢等を述べさせ若しくは記載させ又はその容姿を観察するだけでなく、進んでその出生地、いわゆる「えと」年、その他親兄弟や学校関係等について適宜の質問を発して事実の有無を確かめるとかの方法を講ずべきものであり、少なくとも本人の云うところ等に些少でも疑問があれば、右のような方法の外、進んで戸籍の照会を行う等客観的に通常可能な方法をとつて事実の有無を確かめ、その年齢を確認すべき法的な注意義務を有するものと解するのが相当である。

そこで、以上の見地から前記弁護人の主張について考えるに、先ず従業員に過失がなかつたとの点については、本件の全証拠によるも、上記○崎○子の採用及びこれが稼働にあたつて、その衝に当つた被告会社の従業員水野敏夫、及び松崎敦らが、前記のように一定の資料を提出せしめるとか適宜の質問を発するとかした形跡は全く認められないのみならず、その採用の段階においては、たまたまその責任者である松崎敦がその時に不在であつたとしても、後述するような応募者採用に関する被告会社の平素の手続(それは或る程度は慎重な手続である)に代わり得る程度の手続はとり得たであろうにそのような配慮すら全くなされておらず、しかもそのとき○崎○子が前記水野敏夫の求めに応じて会社備付の営業従事者名簿(証一号)に記載したところをみると、その氏名欄には一旦「○崎○子、○○ざき○○子」と記載しながら、そのうち「○子、○○子」の部分に線を引いてその横に「△子、△△こ」と記載してこれを訂正している(なお生年月日欄に「昭和一八年七月六日生」と記載している)ことが明らかなところ、実は右○崎△子とは○子の姉の名前であり、しかもその真実の生年月日は昭和一九年七月二〇日生(当時一七歳)であるから、もし右のように自己の名前を訂正するというが如き不自然な事態に対して直ちに戸籍照会等の手続をとつていたとすれば、応募者本人は実は「○崎○子」であること、そして本人が自己を一八歳以上とするため、姉の名前を使つたうえ、その生年月日を、満一八歳とするために「昭和一八年」とし、これに自己の(生年)月日である「七月六日」をつけ加えたこと等が容易に判明したところであるのに、前記従業員らは右氏名訂正の事実に気付きながらこれに対して何等の手続をとらず、この種業態への応募者には偽名を用いる者の多いこと、その他本人の身体付き等や「前に一緒に働いていた」というだけの紹介者のあることなどを以つて、漫然本人を満一八歳以上(従つて当然満一五歳以上)とし、右氏名訂正の点も「○子」の方が偽名だろう位に思つてこの点を看過したというのであるから、以上いずれの点からしても、右従業員らにおいて○崎○子の年齢が満一五歳未満であることを知らなかつたことにつき過失がなかつたとはいえないことは明らかである。

次に業務上相当の注意及び監督が尽されていたか否かの点であるが、この点については、本件の各証拠によると、被告会社においては、平素代表者(社長)が従業員に年齢確認等につき種々注意を与えていたこと(但しその具体的内容は余り明らかではなく、それは極く一般的なものであつたと認められる)、又応募者の採用にあたつては、先ず営業部長の松崎敦のもとにおいて応募者自身に会社備付の応募用紙(証二号)に氏名・生年月日・本籍などを詳細に記載させ、次いで右松崎が応募者の容姿を観察しながら質問を発し(但し概ね右記載事項の再確認にとどまる)、その後前記水野敏夫が再び応募者に右事項を再確認しながら会社の営業従事者名簿に水野自身が所要事項を記入するという方法をとつていたことが窺われるのであつて、被告会社においては平素或る程度は慎重な手続のとられていたことはこれを認め得るのではあるが、上来述べているところに照らせば、右の程度をもつてしては、情状としてはともかく、法にいうところの「相当の注意及び監督」が被告会社において尽くされていたとは、未だ到底いうことができないことも明らかであろう。

以上のとおりであつて、弁護人の本主張は結局いずれも採用し難いものといわなければならない。

(法令の適用)

被告会社の行為は、児童福祉法第三四条一項五号、第六〇条二項、同条三項及び四項の各本文に該当する。そこで、上述来の事実の外、被告会社が本件まで、その営業に関して処罰を受けたことがなく、又本件以後上記の点について改善につとめていること、その他現在の風俗関係営業における種々の実情等をも考慮し、所定の額の範囲内において被告会社を罰金五千円に処することとして、主文のとおり判決する。(出席検察官 検事 柴山圭二)

(裁判官 小谷卓男)

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